2017-06-09

終わりは始まり

ザンジバル(Zanzibar)を後にして、この旅最後の地であるニューヨーク(New York)へ向かうため、飛行機を乗り継ぎ、乗り継がなくてはいけない。
まずザンジバルからケニアのナイロビへ。途中のモンバサで一度入国審査をしなくてはいけなかった。ケニアは飛行機の乗り継ぎでもビザが必要だ。20ドル(約2,100円 ※1ドル=105円)
審査で通されたカウンターがトランジットビザが品切れだと言って、隣の隣のカウンターに職員に誘導されて通された。それを横入りと勘違いしたおばさんが私のリュックを思い切り引っ張る。
私はかなり驚いたと同時に腹が立ったが、周りでそれを見ていた人たちが一気にそのおばさんに文句を言ってくれて、少し気が晴れた。私はできるだけ冷静に、その人に事情を説明して、あなたはとても無礼なことをしていますよ、と伝えた。ムカついたから。いきなり暴力はダメだろ。

ビザにはサファリで見られる動物たちが描いてあって豪華、ほんと無駄な20ドルだと思ってたけどなんか許せた。そしてまた飛行機に戻り、ナイロビへ。
ナイロビの空港は工事中で、くつろげるスペースがほぼなかった。チェックインカウンターに入るには早すぎるということで、入れず、仕方なくベンチでずっと待つ。持っていた映画を見たりして過ごした。wifiもないし、辛すぎた。

やっとチェックインの時間になり、ロンドン経由でニューヨークへ。アメリカでは預け荷物に指定の鍵しかかけられない。私はその鍵を持っていないので、チャック部分をテープでぐるぐる巻きにした状態で入ろうとした。
本来ならばチェックインカウンターに入る前に荷物検査が目視であるため、カバンを開けなくてはいけなかったんだが、またテープを巻くのが嫌すぎて、スタッフにお願いしたら、なぜかチェックなしで通してくれた。こういう時の外国人の「ないしょよ」みたいな仕草が好き。いや、ほんとはダメだと思うんだけど。

そして深夜の飛行機でナイロビからロンドンへ。早朝着、飛行機に乗りすぎて辛くなってきていた。そしてそこからさらにニューヨークへ!
2011年この旅が始まった場所に再び戻るのであった。

ニューヨークに到着する前、機内では現地がマイナス7度であるということが伝えられた。しかも吹雪で、到着してからわかったのだが、ほとんどの飛行機が欠航している状態であった。到着して、あまりに寒くて、ジャケットはナイロビに置いてきてしまったし、薄いフリースだけで死ぬかと思った。

自分に雪が積もりながら、どうにか宿間で着き、急いで持っているだけの暖かい服を着た。ニューヨークは3日だけ。世界一周航空券の性質上、東か西周りで一周するのが原則なので、必ずアメリカのどこかを通らないと日本に戻れなかったから、あえてスタートと同じ場所を選んだ。

寒すぎてやる気が出ないし、どうやって過ごそうかと思っていたら、高校卒業ぶりの友達から、現在ニューヨークに住んでいるということで、会おうという誘いが来た。正直外に出るのが辛いから迷ったが、これは何かの縁だと思い、会いに行った。

その前に初めてニューヨークに来た時、ものすごく感動したタイムズスクエアに行ってみた。
雪が逆にいい感じに!しかし私は防寒具がフリースしかありません。

この階段は観光客で賑わう場所なのに、もう大変なことに。

友達の家はこの近くだった。
会う前は緊張していたけど、奥さんとともに迎えてくれて、卒業ぶりに会うけど、話が尽きなかった。本当に久々の本当の日本の味に感動して、遠慮することもなく食べたいだけ食べさせてもらい、また、多分私は旅のリアルな話を誰かにたくさん話したかったのかもしれない、と思うくらいたくさん話していた。
ビールを多分1ケース開けていたと思う。そして案の定、酔って動けなくなり泊まらせてもらった。なんということだろう。

優しくしてもらった時、そのことをどれだけ自分が喜んでいるか、本人に伝えるのはとても難しい。難しいと思っているうちに、それが伝えられなくなってしまう時が来ることもある。旅中に出会った人に再び会うことは、ほぼないであろう。自分がそのことを相手に同じだけ返せなくても、他の誰かを助けること、というかそういう気持ちに自分がなること、そして本当に何かを相手のためにできること、そういうことをやっていける人でありたいと思う。

翌朝起きると当然のように二日酔いだったが、すごくよく眠れたから気持ちはすっきりしていた。快晴で、遠くに見える川が凍っているのがわかった。
そしてありがたいことに、ダウンコートを貸してもらった。これを着て日本に帰っていいと言われて、本当に助かった。楽しい夜だった、朝も奥さんとゆっくり話をして、さよならした。

飛行機が長かったからか、アフリカとの違いすぎる具合に驚くことはなかったが、コートを借りていてもとても寒かった。

つららが大変なことに

ニューヨークでは、ただふらついて、美術館に行ったりミュージカルを見たり、なんだかこれで最後だと感傷的になることもなかった。すでにザンジバルで最後だなって思ってたからかもしれない。

夜は、前に来て美味しかった中華屋に行ってみた。隣のグループが日系企業のニューヨーク勤務の人たちで、その中の1人だけ日本人の人がいて、なんだからいろいろ話しかけてくれ、とにかくたくさん料理をもらった。自分が頼んだものが食べきれなかった。
7ヶ月の旅を終えるところなんだという話をしたら「congratulatins!!」と言ってくれて、少し嬉しかった。めでたいことなのかはよくわからなかったが、無事であったことは良かったことだ。

そしてあっという間に帰国

空港には家族と友達が来てくれて、嬉しかった。相変わらず私が黒くなりすぎているので、反応を見るのが楽しかった。

ニューヨークの最後の夜、一体どれくらい、何カ国旅したのだろうと思い数えてみたら、477日47カ国だった。元々の夢が1つ叶った、叶えたと思った。本当に最初のきっかけにたちもどると、いつまでもつまらない昔の自分に縛られていたところから、それを脱却したと思った。新しい人生が始まる気持ちだった。世界一周したから何かすごいということはないけれども、たくさんの経験をして、それはきっと何かに役立っていくのだろうと思う。

ニューヨーク滞在:2014年1月21日〜24日


あとがき的なもの
2011年から始まり、2014年に終わった旅を、2017年になってやっと書き終わった。当時つけていた日記やメモを元に書いているから、おおよそ忠実な気持ちを書いていると思う。大きな目標だったことをやり遂げた感は確かにあった、あったんだけれども、なぜかまた2017年に新たな旅に出ようとしている。
旅に出たから変わったことはたくさんあった。とにかく引き出しが増えていることで、いろいろな場面で役に立つことが多かった。また意見の言い方やそもそも言わなくてもいいと思っていたことをそのままにしないとか、そういうこともいろいろな部分で役にたった。その二つが大きく今までとは違うと思った。
そしてまたなぜ旅に出るのか、考えてみたけれど、これはもはや立派な趣味になったのだと思った。思えば私はそれまでツアーを取らずに旅行するなんて考えたこともなかった。でも今は自由なほうが楽しい。あとは単純に見たい、知りたいと思うことも増えたからというのはあるけど、それも趣味の話である。
今まで散々生きる目的があったほうがいいと、自己啓発的な意味で言われてきたけれど、そんな重いものではなくて、私は自分の信念がぶれない生き方ができれば、あとは楽しくしていたい。それでいいじゃんねって最近思えたので、また行ってきます。

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