2018-05-03

2017年の夏の記憶 奄美大島

多良間島から宮古島、そして宮古島から沖縄の那覇へ。
那覇に移住した友達や、東京から日程合わせて遊びに来てくれた友達、集まって毎日泣いたり笑ったり、主に笑いながら数日過ごした。これもまた忘れられない日々だった。

そして那覇から奄美大島まで。
ここからはまた別の友達と合流して2人旅の始まり。私の方が先に着いたから、先に予約していたレンタカーを受け取りに行った。

10年以上ぶりに運転した。運転しないで待ってようかと思ったけど、空港の周りでも車は少ないし人もほとんどいなかったから、練習しようと思って運転してみたが、やっぱりあんまり楽しくなかった。しかし1時間くらい運転したから、少し慣れた。

奄美大島はアップダウンが激しくて、山って感じだった。多良間や宮古は山がなかったから全然違う印象。

やっぱり海はきれい。お盆の時期に行ったけど、観光の人も思ったよりいなくて、というかすごく少なくて、奄美すごく穴場的な感じがした。宮古島や那覇は当然観光客も多いし、外国からの観光客も多くて、人気のあるスポットはたくさんの人が集まるが、奄美大島はそういうことがなかった。
奄美大島の海

拠点は一番栄えている名瀬港にした。台風で延期になっていた花火大会がその日にあった。結構な規模の花火だった。地元の人が集まってのんびり鑑賞していたから、それに混じって鑑賞。
名瀬港

花火大会

奄美大島の街は本当にゆったりと、そして寂れてはいる。
奄美の街並み

奄美の商店街

今回はほとんど泳ぐためだけに来た。友達はスキューバダイビング、私はシュノーケリングを。それぞれ出掛けて、戻って昼寝して、2人旅だけど別行動しながら、その日に聞いてきたことなどを共有しあって、とても良い旅の形だった。

直前まで台風が来ていたこともあって、海は濁っていて、それは残念であった。
奄美でシュノーケリング
濁っていてもそれなりに魚は見れた。2つのシュノーケルのお店を利用したが、1つはライフジャケットを着ないで泳いでいいと言われたから、一人でスキンダイビングの練習をしてた。

やっぱり山が多いなと思う。
奄美大島の海上から
インストラクターの人が言っていたのは、沖縄は自分たちはうちなーんちゅで、他県の人のことは内地から来た人、という意識が強いように思うと。もちろんそこに変な分別の意味はないのだが、自分がどこ出身であると、強いこだわりがある。というのと琉球王朝としての沖縄の歴史やアメリカ占領時代の歴史の影響もあるのかなと思うけど。
日本人も中国人に間違われたら、いやいや自分は日本人だからって思うと思う、私もそうだし。そこに差別的な意味はないが、でも一緒ではないよね、という意図が裏にはあると思う。
だから沖縄に憧れて移住しても、いわゆる村文化や内地からの人だと見られることに疲れて戻ってしまう人もいると聞いたことがある。もちろんうまく馴染む人もいるのは知っている。

奄美大島は沖縄に近いし、南国であることにかわりがないが、歴史が全然違う。もともと琉球王朝の支配下にあった時代もあるけど、本土と琉球で奄美をめぐって戦いがあったり、最終的には薩摩藩の支配下にあった。だから西郷隆盛にまつわる話もたくさん残っている。そして第二次世界大戦後もアメリカの占領下にあったけど1953年には本土復帰している。

あくまでもそのインストラクターの意見ではあるが、そんなこんなで独立して国だったということもないし、占領時代も短いのもあり、奄美だという意識もありつつ、九州の一部であるという気持ちもあると。沖縄でいうところの、うちなーんちゅという奄美バージョンはあまり感じていないそうだ。だから島移住を考えるなら奄美はオススメだそうだ。それは確かに納得できる部分があった。感覚的にだけど、私が沖縄が好きなのはどこか違う感じがあるからというのもあって、奄美は過ごしている中での違う感じってあまり感じなかった。

そして奄美大島から次なる目的地、加計呂麻島へ行くために、瀬戸内町まで。
瀬戸内町も特になにもないが、同じくのんびりした空気が流れている。そしてやはり町は寂れている。しかしこの感じがたまらなく良い。
瀬戸内町

奄美のことが全然伝わっていない気がするが、私はここもとても好きな場所になった。沖縄とは違う南国、そしていつでも海に行けて、何しろ食べ物がとっても美味しい。泳いで食べて静かに過ごすなら、奄美が絶対おすすめだと思う。

美味しかったところの紹介を少し。

奄美きょら海工房
奄美きょら海工房
空港から名瀬港に行くまでにある海沿いのカフェ。ロケーションが素晴らしい。空港から街まではどちらかというと山っぽい感じを味わいながら車を走らせるが、ここで海が見れた!って感じになった。カレーの写真しかなかったそしてカレーは普通だけど、パンが美味しい。奄美素材の色々な商品も売っててちょっとおしゃれな感じ。

こっこ家
こっこ家のシュークリーム
ここは絶対行くべきな、奄美の卵を使ったシュークリームやケーキなどが売ってるお店。シュークリームしか食べてないけど、生地とクリームのどちらも美味しい。生地はしっかりめのパイで食べ応えある。空港から名瀬港に行く間にある。行きに寄って美味しかったから、帰りも寄った。

喜多八
喜多八の揚げ出しとうふ
ここも絶対行くべきおすすめのお店。奄美の郷土料理が食べられる。揚げ出し豆腐が素晴らしすぎた。4,000円で8品の郷土料理と奄美焼酎飲み放題なのもすごい。焼酎は飲み慣れていないからお店の人に聞きながら料理に合うのを出してくれた。料理もかなりのボリュームだからとても満足。予約は必須。

鳥しん
鳥しん
とにかく奄美の鶏が本当に美味しいということが分かるお店。ここなんて結局3回も行ってしまった。夕飯の時間に行くと、すでに売り切れのものがあったりする。観光客も集まるけど、地元の人も普通に来るお店。写真はもものたたき。焼き鳥、鳥刺し、唐揚げ、ここはなに食べても美味しかった。鶏じゃないけどキムチもすごく美味しくて、また食べたい。

また絶対に行きたいお店が多くできて、そういう意味でも奄美大島はまた行かなきゃと思っている。

奄美大島滞在:2017年8月10日〜14日

2018-04-28

2017年の夏の記憶 多良間島

沖縄離島の中でもあまり聞いたことがなかった多良間島。
誰かの旅行記で読んで、何もなくてのんびりできるところと思って、必ずいつか行こうと思っていたのだが、ついに実現した。
今でも思い出しても、この島は本当に良かったなと思う。

多良間島は人口1,000人ちょっと。宮古島と石垣島の間にある小さな島で、いわゆる観光地化したところではない。
宮古島から飛行機で行くか、フェリーで行くかでしか行けない場所だ。私は宮古島の前半は一人で過ごし、そこからフェリーで行き、多良間島でパートナーと待ち合わせだった。多良間島で待ち合わせなんていいなと思って。

飛行機はRAC(http://www.churashima.net/rac/)から1日2便しか飛んでいない。フェリー(http://www.taramakaiun.com/)は宮古島の平良港から1日1往復で日曜日は休航。海が荒れている時はフェリーが出ないので時間に余裕がある場合には、フェリーのほうが安いからおすすめ。
多良間島行きのフェリー

フェリーの中はこれを足にしている現地の人しかいなかった。
フェリーたらまゆうの中

のんびりと2時間の船旅。運が良ければイルカの群が見れるらしい。フェリーには島の情報が載ったパンフレットや地図があり、それを読みながら過ごす。宮古島と伊良部島をつなぐ橋の下を通る。
伊良部大橋

多良間に到着すると、フェリーの時間に合わせて島内を走るバスが待っている。
多良間には宿泊も村営の施設か、民宿しかなく数も少ない。だからこのバスが停まるところの範囲で全てがすんでしまう。
見たところ私しか旅行者がいない、そんな感覚になり、日本なんだけど、全く知らないところに来たわくわく感があった。

村営の民宿である夢パティオたらまはすごくきれいで、朝夕の2食付き。多良間島には居酒屋が一軒あるだけで、そこも不定期に休みがある。夜ご飯を食べられるご飯屋さんは他に多分ない。他のだいたいの民宿も2食付きみたいだったけど、ここは大きいお風呂もあるし、ここに泊まってよかった。
夢パティオたらま

近くを少し散策してみるが、人や車の音がしない分、いつもなら聞こえてこない音が聞こえてくる感じがした。太陽が照っている音は聞こえないはずなのに、それが直に分かるような気持ちになるし、風が吹いたらそれが嫌なものすべてを持っていってくれるような気持ちの良さを感じる。何にも悪意を感じない場所、こういうところはあまりない。
多良間の街並み

翌日自転車を借りて島を一周。島は周遊しても15kmくらいだから一日あれば、いろんなところを回りながら一周できる。自転車は大徳商事さんというところで貸してもらった。夢パティオの人が電話してくれて、「今から借りにいきますから」って。それで行ったら、いないっていう。
再度電話すると、「買い物からもう直ぐ帰るから」って。あー面白い。そのくらいゆっくり過ごしたかったから、良かった。
「自転車も盗る人いないと思うけど、一応鍵ついてるから。返却は鍵ついたままでいいから、ここに停めて帰っていいからね」って。全てがゆるい。

一度は海に入りたかったから、地図をみながら泳いでいい浜辺に行く。ふる里海浜公園というところに行ってみた。遠浅の海で、本当に透明。海に入る前から、クマノミがたくさんいるのが目で見えた。
ふる里海浜公園
浅いから潜るという感じではなかったけど、浮かびながら魚をたくさん見てた。この公園はシャワーもあるから結構良い。

近くに島を見渡せる展望台があったから、登ってみたが、ほんとうに何もない。全方向だいたいこんな感じ。
展望台からの景色
自転車漕いで海入って、そのまま何も気にしないでまた走り回るっていう、小学生の夏休みみたいだ。

お昼はいくつかお店をあたってみたが、その時やっていなかったりしてありつけなかったから、スーパーで買って食べた。島の中心の集落にはスーパーが2つだけある。
事前の情報だと島だから割高だと書いてあったから、わざわざ宮古島からビールだけたくさん買って来たけど、大して値段の差はなかったように思う。

集落には島唯一の信号がある。これは子供に信号を教えるために一つ作られたらしい。
多良間島唯一の信号
集落で人に出会うと、必ず挨拶される。それがほんとうに普通のことなんだと思った。

多良間島の集落は北に寄せてあり、その周りをフクギという木で囲っている、そして道は碁盤目状になっている。これは台風から守るためでもあるが、琉球風水といって中国から伝わって来た地形を重視した考え方により、町がつくられているそうだ。
そして海へ繋がる道を「トゥブリ」と呼び、それぞれのトゥブリに名前をつけるくらい、海とのつながりを大切にしている。
確か石垣島に行った時、シーサーは海のから怪物が来るのを防ぐために海側に向けられると言っていたような。

そんな琉球の文化や、多良間独特の文化を知るためにふるさと民俗学習館へ行った。
ふるさと民俗学習館
1400年代の朝鮮の記録にはすでに多良間が出て来ており、すでに多良間と呼ばれていた足、人も住んでいた。それ以前はあまりよくわかってないみたいだった。

多良間には独特の言語があって、ムに半濁点をつけたり、とりあえず読めない。今は年配の人しか発音できないらしいが。
多良間の言語

あとはもう島を一周しようとひたすら走り続けた。やぎの遭遇率高い。
やぎ

多良間の神社

多良間ブルーと言われるくらい、海も青いし透明度が高い。
多良間の海

やっと島の半分くらい来たところで海を見ていたら、地元の漁師の人たちにつかまり、あれよあれよと宴会に巻き込まれた。
とっても豪快だった。さっき取ってきたという魚介をばんばん振舞ってくれて、お皿は海から拾ってきた大きな貝殻。
そしてこちらの飲み方の風習であるお通りをやった。一人の人が、一言言って、周りのメンバーにお酒をつぐ。入れられたら飲まなくてはいけない。飲み終わったら、その一言言うメンバーが次の人になり、また全員に注ぐ。10人くらいいたから、永遠に泡盛を飲まされて、死ぬかと思った。

彼らの話を聞いていると、島には色々な風習があり、それを受け継いでいくためのグループがあって、その組合みたいなのの飲み会だそうだ。ほとんど酔っ払って聞いていたのでもはや詳しい名前とか忘れてしまったが、ここはここで結構大変だったり面倒だったりする風習もあるなと思った。

話している言葉も沖縄本島とは違うと言っていた。みんなまだ30-50代だったけど、ちょっと方言が入るとかじゃなくて、全く違う言葉で話していた。私たちに合わせて標準語ももちろん話していたが。

あまりに飲まされるので、夕飯の時間を理由に帰ろうとしたら、夢パティオに電話して夕飯お弁当にして取っといて、と言えばいいよ。ってささっと電話されて失敗。
この島ではみんな繋がっていて、電話でなんでも完了できる。それはまた面白い。

だんだん日が落ちてきて、夕焼けになった頃、解散した。豪快な飲み会であった。楽しかった。
多良間の夕焼けはほんとうに美しかった。
多良間の夕日

たった2泊しかできなかったかけれど、この島にまた来たいと思った。飲み会に巻き込まれてあんまりゆっくりという感じではなかったが、この島の文化を受け継ぐ人たちの話を聞けたのは貴重だった。

旅をしていて国境付近の町はだいたい両国の文化が混じっていたりする。沖縄、それ以前の琉球がまさにそうで、それが少し今でも残っているから、多良間島にいるときはまるで国境の町にいるような感じがした。
日本は島国だから、完全に分断されていて、あまりそれを感じられるところはないだろうと思っていたが、そんなことはなかった。

帰りは飛行機で宮古島へ。たった20分で到着した。
多良間島こそまた絶対に来ようと思う。

多良間島滞在:2017年8月4日〜6日