2013-07-10

私たちは最初からみな違う人(雑談)

なんじゃこのタイトルは。言いたいことをストレートに書いたらこうなった。

というのも、この話はさかのぼる事2012年2月のブラジル、リオデジャネイロでの話。
そこで偶然出会った現地在住の日本人の方とこの話で意気投合して、とても重要なことに感じたのでずっといつか書こうと思っていた。

前エントリーで書いたことともちょっと内容がかぶってしまうけど、タイトルの通り「私たちは最初からみな違う人」なんです。
先日黒柳徹子さんが、私が話したいと思っている内容をまさに話しており、こちらは「みんな一緒」という表現をしていた。しかし言いたい事は同じだ。
こちらさすがの人生経験と素敵な話なので興味があればぜひ
http://www.youtube.com/watch?v=g8bc5ozCWKs

世界中にこんだけの人間がいて、自分の周りにいる人たちでも明らかに自分とは違う部分があるというのをわかっておきながら、あまりにも皆が同じ感覚であるかのように人を扱う人が多くないか?というのが話のきっかけ。

前にも書いた通り、大人になればなるほど色々なグループに勝手に配属されている気がする。それは男女からはじまり、結婚しているとかしていないとか、仕事がホワイトとかブラックとか、子どもがいるとかいないとか。その人を表す事実としてはもちろん時により必要な情報だとは思う。
ただその事実から勝手に推測されることが多すぎるとも思う。そしてそういうことに苦しめられている人も沢山いることも事実だと思う。

例えばの話、当の私が書くととてもわかりやすい気がする例え。30代で結婚してないと聞くと、あぁ性格に問題ありなんだな、もしくは仕事が恋人系?とか。極端に書いたものの、それはほんとどうでもいい想像。それはあなたが勝手につくりだした女性(もしくは男性)像でしょうと言いたくなるが、それがあたかも一般論かのように世間でニュースになったりする。そういうことがあるからまたおかしな連鎖が生まれるとも思う。

ちなみに世界一周についても、「お金があるんだね」もしくは「自分探し?」という決めつけをよくされます。

なぜにつまらない枠に人をはめようとするのか、その人がそうである事実を非難するより、なぜその人がそうしたいと思っているかに興味を持たないのか、私にはそれがとても疑問である。
生まれて来た環境が違う、育ててくれた人も違う、当然教えられてきたことも違うだろう。だから必ず自分と人は違う。
私はみなと分かり合えれば良いとはあまり思わなくて、ただ本当に世の中に色んな人がいるということを理解すべきだと思っている。なぜならそうやって枠にはめられた人たちが苦しんでいる事も知っているし、枠にはめられないから苦しんでいる人も知っていて、その人たちはみなとてもいい人なのに、なぜこんなことで悩まされるんだろうと思っているから。

旅をしていると当然日本人以外と会話する事の方が多い。
日本の常識が彼ら(他の国の人)の常識ではない。だから、まずお互いのことを知ろうとする。得た情報で何の枠にもはめられない、なぜなら相手の国の事をあまり知らないことが多いし、それで何かを判断することができないから。だからまた得た情報がどういうことなのかを知ろうとする。
本来は誰とでもこうあるべきではないのかと思う。そしてその方が確実に面白いはずなのである。それで自分とは合わなければそれでいいし、ただそういう人がいるんだなと思えばよくて、もっと知りたいと思ったならばそうすればいい。ただそれだけなのになぁと思う。

そしてあたかも自分が正しい意見かのように書いているが、そう思わない人もやっぱりいるだろうと思ったりもする。でもやっぱりそういう人もいるはずだよねと、そこから始めないと、何も生まれない。

これで私が前半の旅に関する事で書きたかった事は終わり。いよいよ後半の旅へ。
今はインドネシアのジョグジャカルタにいて、明日からマレーシアのクアラルンプールに飛びます。さてネット環境が整っている場所はあるのだろうか。





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