スワコプムントの朝、久々に少し遅めに起きた気がした。宿には珍しく朝食がついていて、目玉焼きと焼いたベーコンが出された。やっぱり食は大事。
スワコプムントは前記事で書いた通り、少し治安がよく、雰囲気もお金持ち地域のような感じがした。まずはスーパーで買い出しをする。自分たちの食事、あと今後行く予定のヒンバ族の村へのお土産のお菓子などだ。
すっかりクリスマスの雰囲気。
すごい積み方である。
このスーパーは他の国とそんなに変わったとこのないスーパーだった。時計のショウウィンドウに鉄格子がついていないなんて、信じられない。
町はこんな感じでドイツ植民地時代の建物が多く残っているらしい。
ムーンランドスケープという月面のような場所の入場料40ナミビアドル(約400円 ※1ナミビアドル=10円)を街中にあるNamiia Wildlife Resort で支払い。あと後日行く予定のエトーシャ国立公園のキャンプサイトの予約もした。Okaukuejoに行くなら、予約しておいたほうが無難。
スワコプムントからだいたい1時間くらいでムーンランドスケープへ。相変わらずなんもない場所。
月面世界のような場所。チリのアタカマ砂漠でもそう呼ばれる場所があったが、私の中で好みの月面はナミビアのほうだった。これぞ写真では伝わらない世界。
月面はこうなっているのかもしれないと思った。何もないけどそれがよい、ここでのんびりお昼を食べた。
その後はまた1時間くらい車を走らせて、1500年もの間生き続けているベルベッチアという植物を見に行った。思ったより大きい…そして砂漠の中にぽつんと金網でかこってあるからなんだかシュールだった。
近づくとこんな感じ。ほんとに大きい。これ絶対漂流教室に出て来た気がする。砂漠の真ん中の孤独感とこの世の終わり感がすごい。
これは全然違うところにあったやつ。砂漠の中でもぽつぽつとこの植物は見ることが出来た。
続いてDUNE7というナミブ砂漠とはまた少し色の違う感じの砂丘へ向かう。後ろに見えているのがその砂丘。手前には線路が。使われてるのかな。
これがほんとの線路は続くよどこまでも、だ。これどこに向かっているんだろうか。
DUNE7は白っぽい砂の砂丘で、ナミブ砂漠よりもっとさらさらしている。そして場所のせいもあるのだろうが、風がものすごく、カメラが防塵じゃなければ絶対やられると思う。ただでさえ砂に足をとられるというのに、この砂丘ったら本当に急坂。ナミブ砂漠よりももっと体力を奪われながら上までのぼった。
下りるのが怖くなるくらい急だった
耳と目に砂が入りすぎた。転がった訳でもないのに。
砂だらけになりながら次はウォルビスベイという港町へ。ここはずっと昔イギリス領で、その流れで1994年まで南ア領になっていたので、西洋っぽい感じがすごく残っていたし、スワコプムントよりもっとお金持ちエリアという印象。
ここにはフラミンゴがたくさん!
フラミンゴ意外と人慣れしてなくて、近づくとすぐ逃げた。
砂丘から夕日を見ようと場所を探したが、いまいちいい場所が見つけられず、港町っぽいところで見た。少し良さげなレストランが立ち並んでいたりして、我々の貧乏旅行の分際でこんなところに、と思うと何だかおかしかった。
夜は宿に帰って飲み会をした。
一緒にレンタカーの旅をしているうちの1人は明日で別ルートに行くのでここでお別れだからだ。元々そういう予定で一緒に来てくれていた。今までも旅先で会う人と、それぞれ面白いことがあったが、今回は特に面白いメンバーが揃っていて、この日の夜は、この旅をし始めてから初めて笑いすぎて涙がでた。
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2016-06-13
2016-06-06
ナミビア周遊の旅2日目(ナミブ砂漠〜スワコプムント)
砂漠で朝日が昇るのを見るために、日の出が6時頃ということで、朝4時半に起きてDUNE45という砂丘へ向かう。
まだ星がきれいに出ていた。流れ星や天の川も見ることができた。
砂漠に入るのに80ナミビアドル(約800円 1ナミビアドル=10円)。DUNE45までの道はちゃんとアスファルトで整備されており、キャンプ場から約40分で目当ての場所に到着した。まだ明るくなりきっていない道のりで、左右の景色はすでに砂丘だった。
朝日が昇る前に、みなで砂丘にのぼっていく。砂に足がとられて思うように前に進めない。思ったよりこの砂丘をのぼることが辛かった。
上までいくと、周りがずっとずっと砂丘で、ここはどこだろうと思う。
太陽が昇ってくる。
太陽が昇ると、砂丘に赤と黒のコントラストができあがって、本当に美しかった。色々なところで砂漠や砂丘、日の出をみてきたけれど、ここでの景色は特に覚えている。人間が太陽に祈りたくなる意味が分かるような気がした。
砂にまみれてしばし遊んだあと、砂丘を下りる。砂紋もすごい。
また車に乗り、デッドフレイという何百年も前は沼地だったが、それが干からびて今は枯れた木だけが残っているという場所にいった。
その地域に入るには四駆車でなくてはだめだということで、あまりにも暑いし1人100ナミビアドル(約1,000円)出してシャトルに乗って移動した。
ほんとに干からびている。
本当に不思議な光景だった、木がまだ立っているのも不思議だし、根元とかどうなってるんだ、っていう形をしている。
続いてソススフレイという高さが300m、広さも他の砂丘とは比べ物にならないという砂丘にいく。なんかもう結構な山にみえる。
多分写真だと全くわからないのだけど、DUNE45よりももっとずっとずっと遠くまで何もない砂丘が広がっていて、風がふいているのがよくわかって、砂丘登るのが辛いから、自分の呼吸だけがすごく聞こえるようなところだった。
そして死ぬほど暑かった。でも本当に、無限に広がるなにかっていうのがあって、ナミブ砂漠は行ってよかったところの一つになった。
キャンプ場に戻りテントをたたむ。自分でテントを組み立てて、たたむ、ということ自体初めてだったけど、ちゃんとできた。やればできるじゃないか。
パンク仲間のアメリカ人家族とまだ遭遇して、進む方向が一緒だからまた会うかもね、なんて話たりして。
次の目的地であるスワコプムント(Swakopmund)へ出発した。途中なにもない道が続く。何かのロードムービーを思い出した。
そしてまた夕日が沈んで行く。
道はオフロードもあったが、町に近づくにつれてアスファルトのちゃんとした道路になっていった。
スワコプムントについたのはもう結構暗くなってからだったが、町をぱっと見た限りで治安が良さそうに思った。店のショーウィンドウには鉄格子がなくそのまま商品が飾られている、夜なのに子どもも女性も道を歩いていて、塀にはバラ線もなければ塀自体が低くてよじ上れてしまいそう。アフリカの他の土地ではあまり考えられない治安の良さ。
ずっと食パンばかり食べていたので、ケンタッキーにいって満足した。ドミトリーだけど、四人で離れの部屋一つまるまる貸してくれたので、自分のたちだけの場所という感じが安心した。 Tweet
まだ星がきれいに出ていた。流れ星や天の川も見ることができた。
砂漠に入るのに80ナミビアドル(約800円 1ナミビアドル=10円)。DUNE45までの道はちゃんとアスファルトで整備されており、キャンプ場から約40分で目当ての場所に到着した。まだ明るくなりきっていない道のりで、左右の景色はすでに砂丘だった。
朝日が昇る前に、みなで砂丘にのぼっていく。砂に足がとられて思うように前に進めない。思ったよりこの砂丘をのぼることが辛かった。
上までいくと、周りがずっとずっと砂丘で、ここはどこだろうと思う。
太陽が昇ってくる。
太陽が昇ると、砂丘に赤と黒のコントラストができあがって、本当に美しかった。色々なところで砂漠や砂丘、日の出をみてきたけれど、ここでの景色は特に覚えている。人間が太陽に祈りたくなる意味が分かるような気がした。
砂にまみれてしばし遊んだあと、砂丘を下りる。砂紋もすごい。
また車に乗り、デッドフレイという何百年も前は沼地だったが、それが干からびて今は枯れた木だけが残っているという場所にいった。
その地域に入るには四駆車でなくてはだめだということで、あまりにも暑いし1人100ナミビアドル(約1,000円)出してシャトルに乗って移動した。
ほんとに干からびている。
本当に不思議な光景だった、木がまだ立っているのも不思議だし、根元とかどうなってるんだ、っていう形をしている。
続いてソススフレイという高さが300m、広さも他の砂丘とは比べ物にならないという砂丘にいく。なんかもう結構な山にみえる。
多分写真だと全くわからないのだけど、DUNE45よりももっとずっとずっと遠くまで何もない砂丘が広がっていて、風がふいているのがよくわかって、砂丘登るのが辛いから、自分の呼吸だけがすごく聞こえるようなところだった。
そして死ぬほど暑かった。でも本当に、無限に広がるなにかっていうのがあって、ナミブ砂漠は行ってよかったところの一つになった。
キャンプ場に戻りテントをたたむ。自分でテントを組み立てて、たたむ、ということ自体初めてだったけど、ちゃんとできた。やればできるじゃないか。
パンク仲間のアメリカ人家族とまだ遭遇して、進む方向が一緒だからまた会うかもね、なんて話たりして。
次の目的地であるスワコプムント(Swakopmund)へ出発した。途中なにもない道が続く。何かのロードムービーを思い出した。
そしてまた夕日が沈んで行く。
道はオフロードもあったが、町に近づくにつれてアスファルトのちゃんとした道路になっていった。
スワコプムントについたのはもう結構暗くなってからだったが、町をぱっと見た限りで治安が良さそうに思った。店のショーウィンドウには鉄格子がなくそのまま商品が飾られている、夜なのに子どもも女性も道を歩いていて、塀にはバラ線もなければ塀自体が低くてよじ上れてしまいそう。アフリカの他の土地ではあまり考えられない治安の良さ。
ずっと食パンばかり食べていたので、ケンタッキーにいって満足した。ドミトリーだけど、四人で離れの部屋一つまるまる貸してくれたので、自分のたちだけの場所という感じが安心した。 Tweet
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