2014-02-05

やっとただいまと言える気がする(雑談)

2014年1月25日16時半頃、無事に日本に帰国しました。
トータルで477日、数えてみたら47カ国。物理的には地球を2周し、訪れた町の数はもはやわからない。
死ぬかもしれないつもりで出て行ったから、生きて帰って来れて本当によかった。
各国でお世話してくれた方々、会いに来てくれた友達、なにより家で毎日はらはらしながらも待っていてくれた家族や友達に感謝します。

初詣に行けなかったので、今日、毎年訪れている神社に行ってお参りして、ついでに厄祓いもしてもらい、おみくじ引いたら大吉だった。
なんとなくそこで、新しい日本での生活の始まりだなと思えたから、ようやく帰国報告をブログに書く事にした。帰国してすぐに書こうと思っていたのだけど、なんだか気分が乗らず引き延ばしてきたので。

最後はどういう気持ちになるのかと思っていたけれど、
日本に着いた時、これで本当に達成したという気持ちになった。
とても清々しく穏やかな気持ちで入国審査を受けて、迎えに来てくれていた家族や友達に会えてとても嬉しかった。

私の目標はあくまでも世界一周すること(詳しくは旅にでた理由を書いた記事で)で、自分が行こうと思ったところには全部行ったし、旅にでてから知った今後行きたいと思う国も実はまだあるのだけど、今回はここがゴールであるとしっかりと思えた。一時帰国した時には全くなかった感情なので、これは自分の感覚を信じる事にした。

とても長い時間がかかったけれども、1つのことを達成するのはとても気持ちがよかった。旅した事はもう過去だからいつまでも引きずりたくないので、あのときはこうだったのにと今いる現状をマイナスの意味で表す時に言うのはやらない。でも旅したことで得た経験値や、知識はずっと残るから、それと共に前に踏み出そうと思う。

思っている事は前とあまり変わらない。
むしろその思いがいっそう強くなったかもしれない。
基本的には人はみな違うのだから無理に枠にはめ込んで相手を最初から判断しないことと理解しようとすること、そして自分自身がもし他人からそう思われても気にしないこと、また自分がどう考えてどう動くかによって色々なことが変わること。文章にすると当たり前なのだけど、それを実感し実践するのはとても難しい。

ただ前の旅と違った感想があるとするならば、今回は多数の宗教との関わりと、目に見て実感した貧富の差があまりにも印象に残っている。
前半の旅ではあまり宗教色が強いところに行っていなかったから印象が全然ない。今回は主にイスラム教、仏教、ヒンズー教の国に色々いったし、聖地と呼ばれる場所もいくつか訪れた。信仰することそのものが自分になじみがないから、心から祈りを捧げる人を見ると戸惑ったし、なぜそう思えるのか不思議に思った。
「神を信じていない」と言うと「じゃあ科学を信じているのか」と返されたり、「あなたにもいつか信じられる日が来る事を祈っている」と本気で言われた事も今までなかったし、とにかくそれも新しい経験であった。
でも考えると世界のかなり多くの人が何かを信仰していて、その背景を知らずに何も語れないのではないかとも思うようになった。日本は宗教になじみがなさ過ぎて、その話自体がタブー化されている部分もあるように個人的には感じるし、色々な事件から特定の宗教が悪であるかのような印象を持っている人もいるけど、その人が救われるためにそれを信じているのならば、その話を聞いてあげられるようになるべきではないのかと。
まぁ殺人とか凶悪事件とか悪い事に絡んでいる人や特定の団体がいたのは別として。

貧富の差について、確かに今までも貧しいと思う国は沢山通って来たのだけど、国全体が貧しいという場合が多く、差を感じるとしても自分と彼らの差であった事が多い。ただし本当に生きていけないほどの貧困にぶちあたることがなかったから、衝撃はあまりなかった。どちらかと言えば、貧しいけれども最初から物がないのだから、知らなければそれをうらやましがることもないし、隣の芝生が青くみえることが多発する日本よりましな気がした。本当に必要なものがある状態であるのならば。
しかしインドでは違っていた。貧富の差というか、それからくる明らかな差別が日常に行われているのを見るとそれは衝撃だった。そして逆転のチャンスもないという事実。こんなことがあるんだと泣いたが別に何が出来る訳でもなかった。という経験。

あと個人的に少し変わったかもしれないことは、幾度となく遅れる交通機関と効率の悪いサービスに慣れすぎてあまり苛つかなくなったこととか、躊躇なく捨てられることの贅沢を知ったから物を大切にするようになったとか、フライドポテトばかり食べていたから日本米がよりいっそう好きになったとか、常に気を張っていたから危険察知能力はちょっと上がったかもしれないとか、そんな些細なことくらいな気がした。人間短期間で大きくは変われない。経験したことが積み重なって少しずついい方向にいくのだと思うし。

そんな感じで色々なことがあったけど、本当に楽しかったというのは間違いない。
自分で見て感じることが自分にとっては大切なことだったからなおさらである。

これから何をやるのか聞かれることが多いのだけど、本当に貯金を使い切ったので、まずは普通に働かなくてはという現実がある。実際色々やってみたい・みようと思う事はあるのだけど、焦らず怠けず良さそうなタイミングで挑戦していこうと、どこからくるのか分からない余裕な気持ちで過ごせていけそうな気がしている。

私をリアルで知っている皆様、会ったらまた色々な話をしましょう。

※ブログは現在ヨルダンで止まっていますが、旅の終わりまでちゃんと書きます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

1 件のコメント:

  1. 世界265ヵ国・地域を旅した本物のワールド・トラベラーで、後期高齢者です。
    イスラム世界に約10年間住んだ体験がある小生、貴女の宗教感や貧富の差には賛同


































































































































































































































































































































    しますね。但し、インドは初めて訪れた45年前に比べ、全般的に豊かになりましたよ!
    問題のカースト制度もIT情報化時代になり、少しずつ変化しつつあるようです。
    所でお若いのに47ヵ国も回ったとは大したものです。但し、この世界には国のほかに
    南極や北極点などの極地もあり、もし未だなら出かけて下さい。
    風変わりな真の世界の旅人にご興味があれば、幣著「ワールド・トラベラー世界257





































































































































































































































































































































































































    ヵ国・地域を旅した男(文芸社)」をご愛読下さい。
    以上、ご参考まで。

    返信削除