ヌングイ(Nungwi)から再びストーンタウン(Stone Town)に戻ってきた。宿も最初に泊まっていたところと同じところだ。やはりこの街の雰囲気が好きだと思う。
ストーンタウンの街中には変わったデザインの扉が多々あり、それはザンジバルドアと行ってこの島特有のものらしい。
これは何か特別な施設の建物ではないけど、このくらい重厚なものが町中にある。
とにかく町が入り組んでいて本当に面白い場所だ。そして夜も1人で歩けるくらい安全。遅くなりすぎなければ、子供や女性も外で過ごしている。
ザンジバルは東アフリカの奴隷貿易の中心となった地でもあり、今でも奴隷を売買していた施設が残っている。入場は6000シリング(約396円 ※100シリング=6.6円)
外側は教会に見えるが、中に入ると地下は奴隷が滞在していた場所として残っている。
すごく狭い部屋だが、ここに75人いたとか書いてあった。
アウシュビッツを見学した時にも思ったのだが、こういう人間としてやってはいけないことというのを学ぶと、こういうことが2度と起こらないようにと思うし、自分はやらないだろうと思う。
それでも例えば戦争になったり、自分が追い詰められてやらざるをえない状況になったら、もしくは洗脳状態になるとか。それは今後あり得ることであり、決して許されないことではあるが、そうなるかもしれないと思うと、気持ちを強く持ち続けなくてはと思った。
あたりが少し暗くなると海辺の広場に徐々に人が集まってきて、屋台が始まる。ちなみにこの広場にはなぜかwifiがある。
ヌングイで再会した2人がザンジバルピザを絶対食べた方がいいというので食べに行った。
英語を少ししゃべれる人と、全く喋れない人とのコンビが店員さんで、2日連続通ったら求婚された。外国の人のよくあるギャグ。
ザンジバルピザは日本でまた食べたいくらい美味しかった。薄いお好み焼きみたいなもんで、ソースがケチャップだから、味は変わるけど、粉物が好きであれば絶対おいしいと思う。
さらに暗くなると、人が集まってきて、皆広場で雑談をして、子供も走り回っている。宿まで帰る道のりで、たくさんの見知らぬ人に挨拶をされ、それがとてもよい雰囲気だった。夏が終わりそうな時に吹く、涼しい風が吹いているように思った。石の建物と、少し薄暗い街と、全てが本当に好きで、今この瞬間の心地よい感じをいつか日本で思い出せるといいなと思った。
アフリカの旅が終わる。最後がここでよかった。
ストーンタウン滞在:2014年1月9日〜11日、18日〜20日
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2017-06-08
ヌングイに疲れてくる
ヌングイ(Nungwi)で初日に教えてもらったご飯のお店のチャーハンが本当に美味しくて、他のも美味しいんだけど、毎日のように通っていた。カレー風味のチャーハンに、横についていたピリ辛の漬物みたいなものが絶妙な味であった。お米の入荷がないと、魚をぶっこんだスープになるのだが、それもまた美味い。
もう1つご飯の店があり、そこは日替わりで、オムレツらしきものやスープらしきものを食べられるのだが、なんとも見た目から料理の名前を出すのが難しい。そして使用した皿をバケツで洗っては次にまた使うので、衛生面ではあまりよろしくない感じ。私は大丈夫だったが、ヌングイで再会した人が猛烈な腹痛になっていた。
再会した2人が去ってからは、1人でゆっくり過ごしたかったのだが、海辺に行くと必ず誰かが話しかけてくる。女性が1人でいる人がほぼいない、ナンパなのかただ話し相手なのか、とにかくやめてくれと言っても、必ずそこに居座るのである。
日本人といるときは、彼らが男性だから周りも声をかけてくることはないし、日本人特有の空気を読む力で近くにいるけど放っておいてくれるので、その時の方が休まった。
海にいたいのに、いると話しかけられてめんどくさいから、やがて宿のハンモックで1日を過ごすようになり、あんなに好きだったご飯の店でも、今日もスープかよ、と気分が上がらない日もあった。
そんなわけで、ヌングイは好きだけど、程よい距離をおいてくれる誰かと行くのが良いのかもしれない。
それでも毎日海を見て、ハンモックで寝て、ダラダラして、夕日を見て1日が終わる日々というのは、とても贅沢で、こんな日はもう当分来ないであろうと思っていた。
こんなに海がきれいなんだから、潜ったらどうなんだろうと、シュノーケリングをしたかったのだが、なかなか朝方の天気が優れずに結局海の中を見ることはできなかった。
シュノーケリングが中止になった朝、海を散歩すると、潮がひいていて、不思議な光景が広がっていた。
女性は海藻をとり、男性は船を直していた。
塩湖みたいだ。シュノーケリングは残念だったけどこの景色を見れてよかったと思った。
しかしヌングイは本当に美しかった。
宿の人は程よく放っておいてくれて、居心地がよかった。兄弟と、そのいとこなのか若い男女が2人いて、その友達も1人いて、宿泊者より宿の人が多い時もあったけど、いい場所だった。
ここで私がアフリカでずっと使っていたテントをあげてきた。誰かが使っているのだろうか。
最後はバス停まで送ってくれて、「さよなら」ではなくて「またね」と。10年後に家族を連れて来いと、よくある旅のさよならの仕方だ。
またダラダラ(ミニバス)に乗って、ストーンタウンに戻った。アフリカもあと少し、旅もあと少し。
ヌングイ滞在:2014年1月11〜18日
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もう1つご飯の店があり、そこは日替わりで、オムレツらしきものやスープらしきものを食べられるのだが、なんとも見た目から料理の名前を出すのが難しい。そして使用した皿をバケツで洗っては次にまた使うので、衛生面ではあまりよろしくない感じ。私は大丈夫だったが、ヌングイで再会した人が猛烈な腹痛になっていた。
再会した2人が去ってからは、1人でゆっくり過ごしたかったのだが、海辺に行くと必ず誰かが話しかけてくる。女性が1人でいる人がほぼいない、ナンパなのかただ話し相手なのか、とにかくやめてくれと言っても、必ずそこに居座るのである。
日本人といるときは、彼らが男性だから周りも声をかけてくることはないし、日本人特有の空気を読む力で近くにいるけど放っておいてくれるので、その時の方が休まった。
海にいたいのに、いると話しかけられてめんどくさいから、やがて宿のハンモックで1日を過ごすようになり、あんなに好きだったご飯の店でも、今日もスープかよ、と気分が上がらない日もあった。
そんなわけで、ヌングイは好きだけど、程よい距離をおいてくれる誰かと行くのが良いのかもしれない。
それでも毎日海を見て、ハンモックで寝て、ダラダラして、夕日を見て1日が終わる日々というのは、とても贅沢で、こんな日はもう当分来ないであろうと思っていた。
こんなに海がきれいなんだから、潜ったらどうなんだろうと、シュノーケリングをしたかったのだが、なかなか朝方の天気が優れずに結局海の中を見ることはできなかった。
シュノーケリングが中止になった朝、海を散歩すると、潮がひいていて、不思議な光景が広がっていた。
女性は海藻をとり、男性は船を直していた。
塩湖みたいだ。シュノーケリングは残念だったけどこの景色を見れてよかったと思った。
しかしヌングイは本当に美しかった。
宿の人は程よく放っておいてくれて、居心地がよかった。兄弟と、そのいとこなのか若い男女が2人いて、その友達も1人いて、宿泊者より宿の人が多い時もあったけど、いい場所だった。
ここで私がアフリカでずっと使っていたテントをあげてきた。誰かが使っているのだろうか。
最後はバス停まで送ってくれて、「さよなら」ではなくて「またね」と。10年後に家族を連れて来いと、よくある旅のさよならの仕方だ。
またダラダラ(ミニバス)に乗って、ストーンタウンに戻った。アフリカもあと少し、旅もあと少し。
ヌングイ滞在:2014年1月11〜18日
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場所
タンザニア ナングウィ
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