嘆きの壁と聖墳墓教会を見た日に、イスラム教の聖地である岩のドームを見に行こうと思っていたが、入る事ができなかった。
というのもイスラム教徒ではない人が入場できる時間が午前の数時間と午後の1時間しかなく、並んだけれども思ったよりもずっと列が長く、時間内に入場するところまでたどり着けなかったのであった。
別日に朝7:30から並び、9時頃入場することができた。団体客が多く、個人よりも団体の入場が優先されることが多くてだいぶ時間がかかってしまった。
嘆きの壁に入るよりも少し厳しめに荷物のチェックがあった。ムスリムの人たちは別の入り口から入る事ができる。
しかしこの岩のドーム、エルサレム神殿の跡地にあるのだ。ユダヤ教の聖地である嘆きの壁は跡地の外壁のことを指し、つまり同じ神殿の跡地を2つの宗教が聖地としているという。
外から壁の上を通って岩のドームを目指す。
写真が分かりづらいが、上部にある取ってつけた廊下がドームへの道。
上から嘆きの壁を見る。
そして神殿跡地の内部に入るとすぐに岩のドームが見えた。いくつかのムスリムのグループが固まっていたが、この時間帯は観光客のほうが多かった。
とってもシンプルな建物である。
ここはイスラム教の予言者ムハンマドが昇天して神に対面した場所だと言われており、聖地となっている。中には聖岩があり、そこにムハンマドが19本の金の釘をさし、全てが取れた時に地球がカオスになる的なことを予言したという。今は3本の釘が残っているそうだ…あと少し。
そしてこの岩のドームがある場所は、キリスト教にとっても聖地といわれ、ユダヤ教にとっても聖地と言われている。もちろんそれぞれの理由があってのことだが、また複雑だ。
現在の管理はイスラム教らしいが、この神殿跡地の外壁はユダヤ教が管理していたり、話だけ聞くとぎりぎりのラインで平和が保たれているような気もしてしまう。平和という言葉が適切ではないけど。
それでいて東エルサレムはイスラエルの領地とされているから、なんだろう、本当にそれこそカオスな状態だ。
ドーム内はムスリムしか入れないので外観だけ。
エルサレムにいる間に1度イスラエルが勝手に建設しているパレスチナとの分離壁をみに行くことにした。
旧市街をでて30分くらい歩いていくと遠くからでもわかる壁がぐねぐねと続いているのが見えた。
写真真ん中あたりに大きく曲がっている壁がそう。
この壁は、イスラエルが保安のために建てている壁で、パレスチナ自治区であるヨルダン川西岸とイスラエルの境界に建てているはずだが、その領域を無視して建てられており、そのうえでイスラエル人を次々と壁の内側に入植させているというのだから、戦いは終わらないはずだ。
壁の上の有刺鉄線を見るとまるで刑務所のようである。
のちの記事で書くつもりだが、パレスチナに住む人は壁の外へ出る許可が必要で、それも数種類ありもう出られないであろう人もいる。戦争があって領地を分割したところまでは理解できるとしても、保安のためといって壁をつくり監視しているのはなぜなんだろう。攻撃や報復があるからといえばそうだろう。
ここに来るまでに道に子どもがたくさんいて、みんな私と友達を中国人だといってまたバカにしたような感じで追いかけて来ていた。子どもがめんどくさいと思っていたが、壁の近くに少し大きめの子どもがいたから話しかけてみた。
彼らは中学生くらいで、最初は中国人かと警戒されていたが、私たちが英語をしゃべれるとわかるとなぜか和やかになった。
壁の後ろに何があるのか聞くとパレスチナだ、と答える。あとは当たり障りない話をして別れた。なぜか食用のひまわりの種をくれた。
他の場所の写真を撮っていると他のこどもから「警察が来るから写真撮らないほうがいいよ」って言われる。いたずらなのか本当なのかわからないけど、壁があるというだけでなんとなく緊迫している雰囲気があった。
壁をつたっていくとパレスチナ側への入り口のようなものがあり、どっち側の兵士かわからなかったが銃を構えた兵士がいた。でも車や一般人と思われる人はその入り口を通って普通に中に入っていく。この場所がどういう入り口なのが詳細が結局わからなかった。
現状のエルサレム周辺はこんな感じで人々が生きているんだなぁ…。帰りは岩のドームが光っていた。
エルサレム滞在:2013年11月2日〜4日
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