ストーンタウン(Stone town)から、ザンジバル島(Zanzibar)の最北端にあるヌングイ(Nungwi)という町に行く。
ダラダラと呼ばれるミニバスのようなものに乗って、約1時間半の道のりだ。2000シリング(約132円 ※100シリング=6.6円)
聞いていた話だと、バスのようなものではなく、車の荷台に椅子を無理矢理つけたような車で行くという話だったから、怯えていたが、全くもって普通の小さめのバスだった。
途中でどんどん人が乗ってきて、ドアからはみ出ながら人が乗っていたから驚いた。
そしてヌングイに到着し、マゴロゴロという有名な安宿に到着。宿はレセプションの2階がテント泊の人のための場所になっていて、屋根も付いているし安心した。見覚えのあるテントがあるなと思っていたら、ザンビアからボツワナまでを一緒に移動した2人だった。
世界は狭い。さっそくお勧めのお店に連れて行ってもらいお昼を食べた。そして待望の海へ。
めちゃくちゃきれい。まさに青い海、白い砂浜だった。本当に久々に海に入って遊んだ。
町を3人でふらついて、壊れたビーサンを直してもらうためにダメ元で靴の修理屋さんに行ったら、直してくれた。職人だ。
夕方にはまた海に行き、涼んでいると、マサイの人が浜辺を歩いていた。ストーンタウンでも見かけるのだが、本当のマサイなのかはもはやわからないが、出稼ぎ的に来ているのか、マサイ族の服を着た人をよく見かけた。
ヌングイの町は、ダラダラ(ミニバス)が通る道はちゃんとアスファルト舗装されていて、町中にはスーパーや小さい飲食店があったり、全く文明がないところではない。それにさらに奥に行くとヒルトンホテルがあったりと、結構なリゾート地である。
それでも裏の道はこんな感じ。
翌日海はもっと青かったように思えた。
ザンジバルの浜辺には魚市場があり、マグロを安価で買えるという話があり行ってみることにした。またウニもそこらじゅうに落ちており、こっちの人は食べないので取り放題だと。ウニを欲していないので拾うことはなかったが、別の人が拾ってきたのを見たら、中身は全部食べられる状態ではなかった。
海沿いをずっと歩くと、漁に使ったのであろう網が広げられている場所に着いた。
競りっぽいものをやっていたので見学。日本の競りも何言ってるかわからないけど、そういう何言ってるかわからない感じの、特別な言語で話しているようにみえた。
他にも小さな魚や、フルーツを売っている人たちもいて、小さな市場のようだった。魚は生のまま競りに出されるので、ハエがたかっており、買うのはやめた。
その日の夕方は、夕日がはっきりとみえた。
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2017-06-08
アフリカ安息の地 ザンジバルへ
タンザニアの東側にザンジバル(Zanzibar)という島がある。
もしかしたら私が旅してきた中で島だけでいうと一番好きかもしれない。
アフリカでずっと気を張ってきて、しかも最後にアルーシャの旅行会社の人と一悶着あり、疲れていた。
そんな中でザンジバルは本当に気持ちが落ち着いた。アフリカの旅では宿泊を含む滞在をするのはここが最後だが、ここが最後の場所でよかったと思う。
タンザニアの内陸はキリスト教が多いのだが、ザンジバルはタンザニアに属しているが9割がイスラム教だという。
歴史的にはいろいろな国の支配を経てきたので、アラブやヨーロッパの文化が混じっており、石造りの家々が並ぶのが、最初に私が訪れたストーンタウン(Stone Town)である。
タンザニアのアルーシャ(Arusha)からザンジバルまではLCCを利用して、40分くらいで到着。飛行機を降りてすぐに南国独特の風が吹いてきて、それだけでテンションが上がった。
一応入国審査的な感じでノートに名前やパスポート番号を書かされた。荷物は係りの人が飛行機から1つずつ運んでくるような、小さい空港だ。
タクシーでストーンタウンの宿に向かう。ザンジバル独立記念日の祭りをやっている時期だと言っていた。
ストーンタウンは小さな路地が入り組んでいて、迷路のようになっている。宿の屋上からその姿を見ると、今まで行ってきたいろいろな町を思い出した。インドのバラナシや、モロッコのフェズ、私はこういうごちゃっとしたところが結構好きなんだと思う。
本当にいろいろなところに行ってきたけれども、まだまだ見たことがないところがあると思うと、また別のところにもいきたいと、この時は思った。
迷路をうろうろと、迷うように、海があるはずのほうへ向かって歩いていると、たくさんの道行く人が「ハロー」とか「ジャンボ」とか話しかけてくれた。
店の勧誘じゃない、本当に旅人に対するただの挨拶というのが嬉しかった。アルーシャで怯え過ぎていたからというのもあるが。
海へ出た。商業船がたくさん停まっていたが、海が青かった。
ザンジバルを出た後は、ケニアのナイロビ経由でニューヨークへ行くことになっていた。ザンジバルからナイロビの飛行機を取らなくてはいけなくて、そのためにWifiのあるレストランに入り、久々にビールを飲んだ。
まともな食事もとっていなかったため、中華料理屋を見つけて存分に食べた。ナイロビまでのチケットを確保できたので、10日間ザンジバル滞在だ。
程よく暑くて、ホテルの部屋のファンが気持ちよくて、うっかり寝落ちすると、早朝にコーランが聞こえてきて、コーランを聞くこと自体も久々だ。なんだか本当にいい場所に来たと思った。
ストーンタウンはまた戻るから、すぐに次の目的地のヌングイへ行った。 Tweet
もしかしたら私が旅してきた中で島だけでいうと一番好きかもしれない。
アフリカでずっと気を張ってきて、しかも最後にアルーシャの旅行会社の人と一悶着あり、疲れていた。
そんな中でザンジバルは本当に気持ちが落ち着いた。アフリカの旅では宿泊を含む滞在をするのはここが最後だが、ここが最後の場所でよかったと思う。
タンザニアの内陸はキリスト教が多いのだが、ザンジバルはタンザニアに属しているが9割がイスラム教だという。
歴史的にはいろいろな国の支配を経てきたので、アラブやヨーロッパの文化が混じっており、石造りの家々が並ぶのが、最初に私が訪れたストーンタウン(Stone Town)である。
タンザニアのアルーシャ(Arusha)からザンジバルまではLCCを利用して、40分くらいで到着。飛行機を降りてすぐに南国独特の風が吹いてきて、それだけでテンションが上がった。
一応入国審査的な感じでノートに名前やパスポート番号を書かされた。荷物は係りの人が飛行機から1つずつ運んでくるような、小さい空港だ。
タクシーでストーンタウンの宿に向かう。ザンジバル独立記念日の祭りをやっている時期だと言っていた。
ストーンタウンは小さな路地が入り組んでいて、迷路のようになっている。宿の屋上からその姿を見ると、今まで行ってきたいろいろな町を思い出した。インドのバラナシや、モロッコのフェズ、私はこういうごちゃっとしたところが結構好きなんだと思う。
本当にいろいろなところに行ってきたけれども、まだまだ見たことがないところがあると思うと、また別のところにもいきたいと、この時は思った。
迷路をうろうろと、迷うように、海があるはずのほうへ向かって歩いていると、たくさんの道行く人が「ハロー」とか「ジャンボ」とか話しかけてくれた。
店の勧誘じゃない、本当に旅人に対するただの挨拶というのが嬉しかった。アルーシャで怯え過ぎていたからというのもあるが。
海へ出た。商業船がたくさん停まっていたが、海が青かった。
ザンジバルを出た後は、ケニアのナイロビ経由でニューヨークへ行くことになっていた。ザンジバルからナイロビの飛行機を取らなくてはいけなくて、そのためにWifiのあるレストランに入り、久々にビールを飲んだ。
まともな食事もとっていなかったため、中華料理屋を見つけて存分に食べた。ナイロビまでのチケットを確保できたので、10日間ザンジバル滞在だ。
程よく暑くて、ホテルの部屋のファンが気持ちよくて、うっかり寝落ちすると、早朝にコーランが聞こえてきて、コーランを聞くこと自体も久々だ。なんだか本当にいい場所に来たと思った。
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